Vol.33-5 ジロ・ストーリーPart5

ジロの好き嫌い

 たぶんジロは、自分のことを犬だとは思ってないよ… こういうことを、しば しばジロを知る知人・友人から言われていた。実際、飼い主である僕と妻も、そう感じることが日常茶飯事であった。犬らしからぬ行動と表情、そして好き嫌 い… 人に笑われようが叱られようが、委細構わず、ひたすら自分の道を歩んだ犬だった。

 ハスキーの血が混じっている犬だっただけに、冬の時期、関東には珍しい雪が降り、ましてそれが積もったりしようものなら、そのテンションは一気に 絶頂に達していた。そんな日の散歩時などは、散歩担当のこちらとしては、なるべく滑らないようにと恐る恐る歩みを進めたいのだが、ジロの前へ前へと進む力 は、いつもの5割増状態。もし人間の言葉を話していたなら、きっと「わ〜〜♪」「うひょ〜〜♪」という具合だったに違いない。突然積もった雪の中に顔を 突っ込んだかと思えば、その場で寝そべり体をクネらせる… 要するに、全身に雪の感触を感じていたいようなのだ。さらに、雪を手当たり次第にシャクシャク と食べ始める。これが思った以上の時間をかけて行われたりするのだ。
「オマエさ、そんなに食ったら腹こわすぞ」というこちらの忠告など、お構いなしで、至福の(ように見える)表情で雪を食べ続けるのである。確かにハスキー犬っていうのは寒さに強いとは思うが、いくらなんでも雪食い過ぎだってば!…

 先代のジロはとても気が小さく、その分、臆病で警戒心も強かったのだが、2代目はまるで反対だった。目の前で花火が炸裂しても一瞬キョトンとした顔になるだけで、その後、花火を怖がることもなし。もしかしてバカ?とマジで思ったものだ。
 そんなジロであるから、前述のように病院は大好き。治療であろうがペットホテルへの宿泊であろうが、彼にとっては「他の犬とか猫がたくさ〜ん居て楽しい 場所」でしかないわけで… 「あの〜、犬を預けたいんですが」「はい、お名前をどうぞ」「武田と申します」「あ、はいはい(←ここでクスリと笑う)。ジロ ちゃん、ですよね。いいですよ〜」
…こんな会話を何度となく病院の看護婦さんとしたものだった。

 そんなジロでも苦手なものもあるにはあった。その1つが… 風呂で体を洗われることだ。小さな子犬だった頃から、なるべく定期的に風呂で体を洗う (もちろん犬用のシャンプーを使用)ようにしていたのだが、トシを重ねるごとにそのキライ度がアップしていったように思う。アホ犬なはずなのに、こちらが 風呂に入れる準備をしていると「げ! もしかして風呂?」という顔になる。そういうところだけは変に鋭い犬だった。外から玄関に入れた時点で「あれ? 玄 関に入るなんて、ちょっとおかしくない?」となり、僕が彼の首輪を外し始めると「これって、まさか?」となり… 僕が後ろからジロの体を抱えて家に入ると 「やっぱ風呂じゃん! マジ、やべえ!」となる。風呂場の入り口まで抱えていき、そのまま風呂場に入ろうとすると抱えられた態勢のまま前足と後ろ足を出来 る限り突っ張って、風呂場の入り口の枠でストップをかけようとするのだ。「いや、マジ、イヤだってばさ!」と必死の訴え。もちろん、こちらは構わずに風呂 場にジロを放り入れる。すると今度は、ショボンとうつむいてしまう… この「ショボン顔」が、本当にショボンとした表情なのだ。そのあとは、ひたすらシャ ワーを浴びせられたりシャンプーで泡だらけになるのを耐え続けるのだ。
 晩年、ジロをしばしば預かってくれたKさんという家では、ジロをペット専用の洗い場に連れて行ってくれたことも何度かあったようで、その時の写真を先日 いただいたのだが、これもまた、何とも情けない顔でひたすら(ジロにとっての)試練を耐え忍んでいる様子がハッキリと見てとれる。こうした表情は、彼に とっては真剣であっただろうが、周りの人間にとっては、それが面白く、そして和ませてくれるものだったと思う。

 Kさん一家と言えば、もう1つ… 基本的にジロは、自分の体に自分の毛以外のものがまとわりつくことが大いに嫌いだった。飼い主の僕や妻だけでなく、誰 かがジロの頭を撫でたり体を触ろうとすると「んもう! 触んなよ!」という仕草をするのが当たり前だった。素直に撫でられているのは、よほど彼が眠い時、 もしくは満腹で他に何も欲求が湧いてこない時、あるいは散歩中の休憩の時間…これくらいしか無かった。
 …なのに、である… 初めてKさん宅に預けた際、何と彼は犬用のTシャツを着せられる羽目になったのだ。
「今日、ジロ用のTシャツ買ったから」とKさんからメールをもらった時、僕は正直「は?」と思った。そして次に「ジロがそんなの、おとなしく着せられるはずがないわな」と思った。万が一、うまく着せられたとしても、自分でその服を食いちぎるだろうなとも思った。
 ところが… 「Tシャツを着せてもらって自慢げなジロ」という写真付きのメールがKさんから届いたのだ。え? ジロがおとなしく着せられたんか? いやいや、それは俺の知ってるジロじゃないぞ… 本気で僕はそう思った。
 Kさん宅には2週間から1ヶ月、長い時は2ヶ月ほど預けさせてもらうことが多かったので、ジロにとってはいつしかKさん宅が完全な「別宅もしくは別荘」 となっていたに違いない。となれば、ジロなりに気を使っていたのか?とも思うのだ。親戚の家では良いコ、自分ちに帰ればやりたい放題… まるで人間の子供 と同じではないか。親戚の家で良いコにしていれば、お菓子やジュースは飲み放題、でも自分ちでは親から「あれはダメ、これはダメ」と言われる。だから、よ そでは良いコになっておいた方が得策… どうやらアホ犬なりに頭を使っていたようである。

結局、ジロのこのマイペースぶりと上手に可愛がられる為の仕草は、彼が最期の時を迎えるまで変わることはなかったのだ。