Vol.33-4 ジロ・ストーリーPart4
オトナになっても…
笑えるような騒動をしばしば起こしつつも、ジロは平穏に育っていった。住む場所が変わったところで、彼には何の関係もないらしく、どこへ行ってもマイペースを崩さない犬だった。
川崎市麻生区の家はテラスハウスと呼ばれる部類のもので、2階建ての家にそこそこの大きさの庭が付いていた。そこで、我々夫婦はジロの為に庭のほ ぼ9割を柵で仕切って、その中をジロのスペースとすることにした。国立市の家と比べると、3倍以上の広さとなったのである。そのせいか、彼のノホホンぶり は、よりいっそう増大したように思う。
ジロの為に犬小屋を置いていたのだが、彼はそこに入るよりは自分で掘った大きな穴に身を沈めて過ごすことが好きだった。よって、そこそこに広い庭には、 あっという間に大きな穴がそこかしこに出来上がることとなったのである。気候や気分によって入る穴が異なっていたようだが、それが彼なりの生活スタイル だったのかもしれない。
宅急便の配達などの"見知らぬ人間"が訪ねてきても、相変わらず無反応そのくせ、それだけ大きな自由スペースに居ながら、散歩は朝晩欠かさずすることが当然と考えていたようで、散歩担当の僕を見つけると「早く! 早く!」と吠えてせかすのが日課となった。
それでも、そこそこオトナの犬になったのだから、それなりに落ち着くだろと僕ら夫婦は考えて(期待して)いたのだが…
ある日、仕事から帰宅するとジロの姿が見えない… またいつものように穴に入って爆睡してるんだろう、と探してみたが、いない… 柵はジロが自力 では開けられないような仕組みになっているし… もしかして、誰かが勝手に柵を開けてジロを連れ出した? …そんなことも考えつつ、とにかく家の周囲を探 してみると、数軒先の家の玄関先でノンビリとひなたぼっこをしているジロを発見。
「オマエ、何してんの?」というこちらの声に「んぁ?」と寝ぼけた顔を上げたジロ。とにかく、その日は家に連れ帰ったのだが…
また数日すると、またジロがいなくなっていた。「もしかして、自分で脱走してる?」と考えたのだが、柵は開けられないし、柵の隙間は彼がくぐれるほどの大きさではない。じゃあ、どうやって?… その疑問は間もなく明らかになった。
「今日、お昼に2階で洗濯物を干してたらさ〜」と妻から報告を受けたのだ。
「ジロが柵によじ登ってるのを見ちゃったのよ」
「はぁ? 柵をよじ登る? 猫じゃないんだから…」と不審がる僕に、妻が携帯電話で撮ったという写真を見せてくれたのだ。
「ほら、これ… びっくりするくらい背伸びして、この後、後ろ足で柵を登っていこうとしてたの」
さすがに、これには驚いた。犬で、しかも大型に近い体格で、しかもシベリアンハスキーの血が混じっているのに、柵をよじ登るって…
ジロが突然行方不明になる原因はわかったものの、だからと言ってヤツが脱走を諦める理由にはならない。その後もヤツは、何1つ悪びれることなく脱走を繰 り返した。そのうち「オタクのジロちゃん、お預かりしてますよ〜」という電話までかかってくるようになった。その家も犬を飼っており、ジロとしてはそこ に"遊びに"行くのが楽しくて仕方なかったらしいのだが… 電話をもらう度に果物や菓子を持って妻とともに引き取りに行く羽目に… さらに、ある時には、 脱走をした後、1人でルンルン気分で散歩していたところを保健所のスタッフに捕獲されたこともあった。大きな犬が単身でウロついているところを見つけて、 小さなお子さんを持つご家庭から保健所に連絡があったらしい。当然、そのまま連れていかれれば殺処分となる運命だったのだ。幸い、通りがかった宅配便のド ライバーが「あ、このコ、武田さんとこの犬ですよ」と言ってくれたおかげで事なきを得たのだが…
「ジロ、もう少しで殺されちゃうとこだったのよ!」とジロを叱る妻。しかし、彼には何のことやら一向に理解できないようだった。我々飼い主から与えられる 食事と散歩は、ごく当然のことで、自分の楽しみは自分で見つける… それがオトナになったジロの生き方だったのかもしれない。年齢からすると、もういい加 減にオトナになって落ち着いてもいいはずなのに、一向にそんな気配も見せず、マイペースに生き続けた犬だった。